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<foaf:nick>しゅりんぷ</foaf:nick>
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<foaf:plan>　横浜フリューゲルスとの出会いは、93年12月19日、天皇杯の読売ヴェルディ戦。福岡に住んでいたShrimpは、会社の先輩に連れられ、試合を観戦した。横浜出身の二人はフリューゲルスの一番大きな旗を購入し、応援。結果は2-1（前園と前田がゴール）でフリューゲルスの勝利だった。彼らは九割方緑に染まった博多の森競技場を黙らせたのだ。以来、アンチ読売のShrimpはフリューゲルスを応援することになる。さらに、この翌年の元旦、渡辺一平（元横浜ＦＣのＤＦ）の決勝ゴールを含め、6-2で鹿島を下し優勝。しびれた。 
　98年横浜の三ツ沢公園球技場へ徒歩で行ける社宅に移住。「これで毎週試合が見れる」と喜んでいたのもつかの間、マリノスと合併吸収へ。楽しみを奪われた時、生まれたのが世界のリトバルスキー率いる横浜ＦＣだった。しゅりんぷ妻とホームゲームに足繁く通う。 99年7月に長男誕生後、親子3人でバックスタンド、ゴール裏の隅で観戦していた。00年5月、パソコン購入を期にShrimpがベースを担当していたバンド「KISSICO（キシコ）」の公式サイトの1コーナーとして「Shrimpと横浜ＦＣ」をスタート。横浜ＦＣへののめり込み度が加速度的に深まる。この頃からアウェーにも参戦。妻に愛想をつかされ（笑）、メインスタンドにひとりで通いはじめた。同年行われた横浜ＦＣ応援サイト管理者組合の宴会後、リンクサイトが急増（笑）。 01年4月、名古屋へ転勤で期限付き移籍。「Shrimp」から「しゅりんぷ」へ改名し、サイトもあほあほ度を重視するようになる。同年7月11日の京都でのアウェー戦に参戦する際、名古屋から新幹線を乗り間違え東京へ。一躍あほあほの有名人となる（爆）。03年11月に次男誕生。彼には当時ルーキーだったがレギュラーを奪取し、新人は思えないプレーと態度でサポを魅了した某選手と同じファーストネームを授ける。04年4月、3年間のレンタル期間を終了し、名古屋から横浜に復帰したが、06年4月耐震構造問題で横浜の社宅を追われ、泣く泣く東京移住。08年3月に横浜ＦＣと学んだ「あきらめない気持ち」で念願の横浜復帰を果たした。新居からはニッパツ三ツ沢球技場の照明がわずかに見れるらしい（笑）。
　サッカーの観戦スタイルは、あほあほ。試合を見ながら、観戦仲間達とビールを飲んで盛りあがる。「あきらめない気持」をピッチの上で表現してくれる選手たちを肴に。
 
2006.11.05</foaf:plan></foaf:Person>
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